僕はドラマが好きです。地上波でもNetflixでも面白そうなドラマをチェックしては、だいたい毎日1~2本は観ています。
そんな僕が最近観たドラマの中で特に良かったのが、NHKで放送された『今ここにある危機とぼくの好感度について』(脚本:渡辺あや)です。ある大学を舞台に組織の腐敗や権力への忖度、それらへの抵抗をコメディータッチで描いた名作でした。観ていない方にはぜひ観てみてほしいです。
さてこのドラマの詳細はおいておくとして、作品の中でとても考えさせられるセリフがあったので、そのことについて書こうと思います。
ドラマの中で、舞台である大学でとある問題が発生し、学長が外国人記者クラブで会見を開くことになった場面です。松坂桃李演じる好感度ばかりを気にする主人公は、大学の広報担当として会見の原稿を作成します。その内容を大学の理事会で説明した際、次のように力説します。
視聴者は圧倒的に日本人であるはず。ならば、日本人向けの好感度戦略を練るべきです。その鉄則は、
1.清潔感、2.笑顔、そして3.意味のあることを言わない!
批判を呼び、誤解を受け、炎上を招く。嫌われる原因はいつも「意味」です。
会見という公に向けた言葉には意味を最小限に控えることこそ、日本における正しいリスクマネジメントであると広報課は考えます!
いまの日本の風潮を皮肉った見事なセリフです。いま人々は「意味」を嫌っている。もしくは恐れている。上のセリフにあるように、意味にはリスクが付きまとう。意味のあることを言うのは「コスパが悪い」とも言えるかもしれません。
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一方、僕が思うに現代社会では「情報」は好かれています。
「押さえておくべき3つの〇〇!」といったまとめ記事は多くのPVを稼ぎ、ツイッターで多くのフォロワーを獲得するコツは特定のテーマで“役に立つ情報”をコンスタントに発信し続けることだと言います。
多くの情報があふれる現代にあって、人々は「わかりやすく簡潔で」、「簡単に手に入る」情報を求めているようです。
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どうやらいまの社会では「情報」が好かれ、「意味」が嫌われている。「これはどういうことなのだろうか?」とドラマを観ていて考えてしまいました。
考えるときに困ったらはまず辞書を引いてみるのが鉄則。というわけで、「情報」と「意味」について辞書で調べてみました。
【情報(じょう‐ほう)】
1 ある物事の内容や事情についての知らせ。インフォメーション。「事件についての情報を得る」「情報を流す」「情報を交換する」「情報がもれる」「極秘情報」
2 文字・数字などの記号やシンボルの媒体によって伝達され、受け手に状況に対する知識や適切な判断を生じさせるもの。「情報時代」
3 生体系が働くための指令や信号。神経系の神経情報、内分泌系のホルモン情報、遺伝情報など。
【意味(い‐み)】
1 言葉が示す内容。また、言葉がある物事を示すこと。「単語の意味を調べる」「愛を意味するギリシャ語」
2 ある表現・行為によって示され、あるいはそこに含み隠されている内容。また、表現・行為がある内容を示すこと。「慰労の意味で一席設ける」「意味ありげな行動」「沈黙は賛成を意味する」
3 価値。重要性。「意味のある集会」「全員が参加しなければ意味がない」
[デジタル大辞泉より]
ここから僕なりに解釈すると、
情報は、「ドライ」で「無味無臭」で「勝手に流れる」もの
意味は、「ウェット」で「人間くさく」て「頭を使う」もの
といった感じでしょうか。
こういう風に捉えると、人々が日々多忙を極め、時間にも心にも余裕のない現代社会において、勝手に流れてくれる「情報」が好かれ、頭を使わなきゃいけない「意味」が嫌われるのも分かる気がします。
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でも、「そんなんで良いのかな?」と僕は思います。
今後さらに発展する情報化社会では、人々の欲しがる情報の収集・発信や、情報の処理だけならAI(人工知能)で十分でしょう。情報から意味を見いだすことの中にこそ「人間的な何か」があるような気がします。
たとえば最近では、タクシー会社は蓄積した様々なビッグデータ(客の乗り降りの位置情報や時間情報、気象データなど)から、「いつどこに行けば客がいるのか」をAIが教えてくれるそうです。そして、その精度はベテラン運転手の「経験に基づく理屈や勘」を上回ることもあるといいます。でも、AIは「なぜそこに客がいるのか?」・「その客は何のためにタクシーに乗るのか?」といった「意味」は考えない。必要なのは効率的に客を捕まえるための「情報」であって、「意味」は必要ありません。
企業(タクシー会社)にとってはそれで全く問題はないでしょう。売上が上がって喜ばしいことのはずです。でも、企業はそれで良くても、人間が考えることをやめ、AIの言われた通りに動く社会をみんなが望んでいるのでしょうか。
運転手の働く喜びに、「どこに客がいるか?」とか、「客は何のためにタクシーに乗るのか?」などを考え、意味を見いだすことは関係していないでしょうか。
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僕は、情報を駆使することによってより便利な社会が到来することを基本的には歓迎しています。ただ、情報に価値を置きすぎるあまり、意味を考えることを嫌いになっていっては、人間としての喜びはむしろ減っていってしまうのではないか、と危惧しています。
働く喜びを削って利益を向上させること、便利になる代わりにこれまで見出していた意味について考えなくなることは、はたして社会を良くしていると言えるのか。「情報」が好かれ「意味」が嫌われていく世の中が行き着く先が、楽しく豊かな社会であるとは、僕にはあまり思えないのです。
ちなみに冒頭のドラマの主人公は、悩みながらもあんなに嫌っていた「意味」のある人生を目指して歩み始めて物語は終わります。彼の人生の選択が正しかったと思える社会になって欲しいと、僕は願います。
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中村佳太(コーヒー焙煎家/エッセイスト)[Twitter:@keitanakamu]
『今ここにある危機とぼくの好感度について』はフェミニズムドラマとして観ても面白いと思いました。
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「意味」
僕も大切にしてるほうかなと思うし、大切にしていきたいです。
意味という言葉から「人間臭さ」という意味が含まれているという展開が、とても面白いなぁと思ったのと、すごく「納得」でした。